本記事は、岡本和泉さんの地域活動や「大山街道スケッチ紀行」に迫ります。
岡本和泉さんが地域活動を始めた理由や、大山街道を2年半かけて踏破し、その様子をスケッチに残した理由、大山街道の旅の印象に残っているシーンについてお聞きしました。
ぜひ、最後までご覧ください。
大山

伊勢原市にある大山によく行くけど、どの季節も魅力的だよね!!

確かに!!江戸時代からたくさんの人が来てたらしいね!

大山街道を歩いて、江戸の人口が100万人の時代に年間20万人来てたらしいね!!
大山街道(青山道)とは、江戸赤坂御門を起点として、雨乞いで有名な阿夫利神社(神奈川県伊勢原市)までの道をいいます。
江戸時代中期には、庶民のブームとなった「大山詣」の道として盛んに利用されるようになり、この頃から「大山道」・「大山街道」として有名になりました。
大山街道は、多くの人々や物資が従来し、文化や情報が行き交い、さまざまな交流が生み出されてきた歴史ある街道です。
関東各地から大山へ向かう道はいろいろあったので、実は大山道と名のつく道はたくさんありました。

江戸っ子は大山街道を歩いて、大山にきてたのか~。自分たちも大山街道踏破してみたいね!!

そういえば!!大山街道を2年半かけて踏破した人がいるらしいよ!!

2年半も!!??

そう!!しかも、その様子をたくさんのスケッチに残したらしい!岡本和泉さんって言う方らしい。

会ってお話聞いてみたいな~

今度、岡本和泉さんがそのスケッチについてのワークショップを開催するらしいから行ってみる!!
岡本和泉さんのワークショップに行ってきました
実際に、ワークショップに行ってきました!!



内容は、岡本和泉さんによる大山街道スケッチ紀行に関する講義と、実際に岡本和泉さんとスケッチを行うワークショップになっていました。

~ワークショップ終了後~


本日は、貴重なお話ありがとうございました!!

こちらこそ若い人が来てくれていて嬉しかったです!

僕は、主に伊勢原市の魅力を発信する「My Playful Town」というwebメディアを運営していて大山に行くことが多く、大山街道を2年半かけて踏破した話もっと聞きたいです!後日改めてインタビューさせていただきたいです!

より多くの人に届けたいと思っていたので、こちらこそ、ぜひよろしくお願いします!
岡本和泉さんってどんな人?
職業:クリエイター
多摩美術大学デザイン科グラフィック専攻を卒業後、数社のデザインスタジオを経て、独立し、その後はフリーランスとして、仕事をし続け、現在は会社も運営しています。
デザインを通して、社会や地域、環境、観光、食、暮らし、ものづくり、文化などを繋ぎ新たな展開をするプロデューサー&デザインクリエイターです。
インタビュー~地域活動を始めた理由~
インタビューしてきました!!


インタビューさせていただきありがとうございます!!
和泉さん地域活動をたくさん行っていますよね??

はい!
約10年前から世田谷や成城を中心に行うようになりました。
ワークショップや街歩き、バスツアーなど様々なことを行っています。

なぜ、地域活動を行うようになったのですか??

元々、観光系の案件を多くもっていました。
しかし、私が行っていたのは、私が住んでいる地域ではないエリアの観光に関することでした。
自分が長く住む第二の故郷でもある「世田谷区」。つまり、地元に関することはほとんど何もなく、そろそろ自分が住んでいる地域にたくさんの人を呼びたい。そんな風に考えたのが始まりでした。

そうなんですね。
地域活動を行う上で何か心がけていることはありますか??

ボランティア活動としてではなく、仕事や経済をまわす仕組みをつくり、ある程度の報酬もいただきながら自分の住んでいる地域に貢献することです。

地域×ビジネスということですね!!

そうですね。
しかし、地域の仕事を始めると収入は減ってしまいました。ただ、約10年間行ってきて、知り合いも増え、いろいろな人と地域活動を行えるようになってきました。
たくさんのご縁があり、楽しい日々を送れています。

そうなんですね。
今回僕が和泉さんと知り合うことができたのも地域活動がきっかけでした。
地域活動を行っていて、「やっていてよかったなぁ」と思う瞬間は何かありましたか??

特に、ツアーを行った時なのですが、自分の住んでいる街に外部の方が来てくれることです。
私の活動が、成城や世田谷に来るきっかけを創り、そして、街の魅力を知ってもらえる。
このようなことは、やりがいや楽しさにも繋がっています。
あとは、いろいろな人とコラボレーションできることです。様々な分野の専門家と企画を創り、共に行うので、専門家と私の違いや新しい考えや知識を得ることができます。
これは、自分で企画をしているからこそのことだと思います。専門家とのコラボレーションは地域活動を行う上で、一つの楽しみになっています。

そうなんですね。
その中で、何か印象に残っていることはありますか??

そうですね。
外部の方が来た時に、帰る際、笑顔で「来てよかったなぁ」と言ってもらえる瞬間です。
街の魅力を伝えることができたということだと思うので、とても嬉しいです。

自分の住んでいる地域に、外部の方が来るきっかけを創り、実際に街の魅力を伝えているのですね。
自分自身が住んでいない地域の魅力を知る機会は中々ないので、とても貴重な機会の場を提供しているのですね。

そうなんですよ。
自分が住んでいない地域に行く機会はあまりないですよね。だから、私は、世田谷や成城に外部の方が来てくださるきっかけを提供したいと思っています。
ただ、地元の人っていうのも以外に住んでいる地域については知らないことが多いので、新しい知識や驚きに触れてもらうことも、とても意義のあることなのです。
地域の内外いろいろな方々に、街の魅力を伝えたいですね。

そのような考えで行っているのですね。
My Playful Townも、伊勢原を知るきっかけや来る機会になればいいなと思いました。
和泉さんが行っている地域活動への想いは様々なものが見えてきました。
地域活動を始めたきっかけは、自分の住んでいる地域に外部の方を連れてきて街の魅力を伝えたいと思ったこと。
また、地元の人には改めて住んでいる地域の魅力に触れて貰いたいということです。
そして、外部の方々は実際に街に来て、「来てよかったなぁ」と笑顔で言い、地元の人は「知らかった!」と感動されることが多いそうです。
和泉さんはこういったシーンが、様々な地域活動の中で印象に残っているとおっしゃっていました。
インタビュー~なぜ、大山街道スケッチ紀行を描いたのか、そして、印象に残っているシーンは?~


地域活動を行っている和泉さんが、なぜ、大山街道を踏破しようと思ったのですか??

以前、神奈中バスの情報誌である「くるーず」を制作していたのですが、神奈川県の様々なエリアを紹介する中で、そのエリアを通る大山街道の一部分を掲載していました。
いろいろなエリアを紹介していくと、大山街道を幾度となく扱っていたのですが、そこで、折角なら大山街道全部踏破してみたいと考えるようになり、大山街道70km(直線距離)を完歩することにしました。

そうなんですね。くるーず小さい時によく見てました。笑

道は、始まりがあって、終わりもあると思います。始まりから終わり全部行かないとその道の良さや成り立ち、背景などは分からないと思います。
なので、大山街道を全部歩いてみたいと思いました。

確かに言われてみるとそうですね。
でも、道の始まりから終わりを歩いたことは無いです。笑
でも、なぜ2年半もかけたのですか??江戸っ子は1泊2日で踏破していたと思うのですが、、

そうですね。自分のペースでゆっくり行きたかったからです。

距離も長く、長い年月がかかるとなると、途中でやめたくなりませんでしたか??

ならなかったですね。笑
大山街道は、ゴールである大山がずっと見えるので、常にゴールと、そして、どんどん近づく大山の姿を楽しみにしながら、歩くことができます。
あと、歩いているとたくさんの発見があります。なので、次はどんな発見があるんだろうと思い、毎回歩くのが楽しみでした。途中でやめるという選択肢はなかったですね。

そうなんですね。
でも、70kmとなると疲れませんでしたか??

実は、歩いた距離は70kmじゃないんですよ!!

もっと長いのですか??

はい!
実は、大体合計450km歩いていました。
基本的には、大山街道を歩くのですが、気になったわき道を通ってみたり、美味しそうな飲食店に入ってみたり、気になるスポットに行ってみたり、いろいろな気になるところへ行った結果、450km歩いていました。

450kmも歩いたんですか!
大変じゃなかったですか?

気づいたらたくさん歩いていたから、大変じゃなかったです。笑

そうなんですね。
想像するだけで疲れてしまいます。笑
でも、なぜその旅をスケッチに残そうとしたのですか??

元々小さい時から絵が好きで、様々な絵の類を描いていました。
その中で、大山街道の旅をスケッチに残した理由は、二つあります。
一つ目は、大山街道の旅をスケッチに残している人が居なさそうだったからです。既に、写真で大山街道の様子をweb上に公開している人はたくさんいました。
ただ、他の人とは何か違うことをやりたい。そんな風に考えて、スケッチに残すことをしました。

そうなんですね。確かに写真に残す人は大勢いますね。
スケッチに残した二つ目の理由は何ですか?

二つ目は、スケッチには写真にはない良さがあるからです。
もちろん、写真の魅力もあります。ですが、スケッチにすると、自分の好きなものだけを描くことができます。
今回は、”コラージュ・スケッチ”として展開していますが、
いずれにしても、自分が見たものを、感じたままに描くことができるのです。

確かにそうですね。
写真だと思い通りに撮れないことが多いです。

そうなんですよね。
スケッチは思い通りに描くことができます。そして、スケッチした、背景や感情も残したいと思い、スケッチの中に紀行文を書くことにしました。
その結果、「大山街道スケッチ紀行」が誕生しました。

大山街道スケッチ紀行には、そのような裏側があったのですね。
大山街道踏破に2年半かけ、その旅をスケッチに残し、とても濃い旅だったと思うのですが、印象に残っている場所とかありますか??

「馬の背」というところです。
この場所は、大山街道の真ん中あたりに位置し、「大山まであと半分かぁ」と思ったのと、今までの辿る道を想像すると、感慨深いものがありました。
また、丹沢の山並みと壮大な大山を見渡すことができ、感情と景色がセットで、印象に残っています。

そうなんですね。
大山街道を歩き、尚且つ長い年月かけているからこそ、同じ景色を見てもまた一味違う感情がこみあげて来そうですね。
素敵な場所をお聞きしたので、次は最も印象に残っているシーンをお聞きしたいです!

最も印象に残っているシーンは、旅が終わった後です。

旅が終わった後ですか??

そうです。
大山に登り、下ってきて、大山ケーブルのバス停でバスを待っている時です。
後ろを振り返り、大山を見上げた時に、今までの旅の光景が走馬灯のように浮かんできました。
そして、「もう来月からこのスケッチ紀行としては来ないのかぁ」と思い、とても寂しくなりました。
そして、バス停から見あげた大山が、ホッコリ笑って見送ってくれているような気がしたのです。
2年半の旅のなかで、この瞬間が最も印象に残りました。

そうなんですか。2年半かけたからこその感情だと思います。また、その感情は、和泉さんにしか分からない感情だと思います。
最も気になっていた、「大山街道スケッチ紀行」について聴くことができ、とても興味深かったです。
- 2年半かけて、450km歩いたこと。
- スケッチ紀行にした理由は、やっている方がいなかったから。そして、写真にはない良さがスケッチにはあるから。
- 印象に残っている場所は、大山街道の真ん中あたりに位置する「馬の背」という場所。
- 最も印象に残っているシーンは、大山街道を踏破し、下りてきてバスを待っているときに、大山を見上げたときの感情。
どれも、和泉さんにしか語ることのできないことになっていました。
インタビュー~今後やりたいことは?~

これまでに、様々な地域活動や大山街道スケッチ紀行を行っている和泉さんが、次にやりたいことは何かありますか??

次にやりたいことは、「100年後の成城マップ」を創ることです。
実は、少し前に昭和30年頃の成城を再現した模型を創りました。
こちらが実際の模型になります。現在は、成城自治会館2Fに展示されています。




昭和30年頃の成城の模型は、当時の写真や取材などを通じて、正確なものを制作しました。
ですが、100年後の成城マップは、正しいものというよりは、自分の視点で描きたいと思っています。
過去を踏まえた上で、100年後への自分の想いを形にしたいです。仮に、その想いが実現することは無くても、形にすることが大事だと思います。
そして、自分の想いを発信できたら、まずはそれでいいと思っています。

100年後の成城マップですか!!
完成を早く見たいですね。とてもワクワクしてきました。
過去や未来のマップや模型を製作する際に、何か意識していることはありますか??

街を創ってきた先人の方々を尊敬し、知ることです。
過去を理解したうえで、過去を未来に伝え、新しい未来のカタチにしていくことが大事だと思っています。

そうなんですね。
和泉さんは過去を形にし、現在の街を多くの方に伝えるきっかけを創り、そして未来の街の姿を考え、創ろうとしていますね。

街を創造することは、楽しいしワクワクします!!
インタビュー~若者に伝えたいこと~

最後に、若い世代の方々に伝えたいことはありますか??

「スマホの中に君の人生はない」と言いたいです。
時代は変化し、グローバル化やデジタル化が進み、生活にスマホは欠かせないと思います。
また、SNSの発達によって、家に居ながら世界中の人と繋がることもできるようになりました。
でも、そんな社会だからこそ、自分がいる地域や人、もの、場をもっと実際に見てほしいと思います。そして、たくさんの人と話してほしいと思っています。

とても身に沁みます。
インタビューにお答えいただきありがとうございました!!

こちらこそありがとうございました!
インタビュー振り返り

和泉さんにたくさん聴くことができたね!

そうだね!和泉さんの話で何が印象に残った??

3つあるんだけど、
一つ目が、地域活動を行っていて印象に残ったことかな。
和泉さんが、地域活動を行っていて印象に残ったこととして、「外部の方が来た時に、帰る際、笑顔で「来てよかったなぁ」と言ってもらえる瞬間」とおっしゃいて、
これは、和泉さんが地域の魅力を発信する側として長年活動することで、立ち会える瞬間だと思うから、簡単には当事者として体験できないことだよね。

そうだよね。和泉さんだからこその瞬間だよね。二つ目は?

二つ目が、大山街道の印象に残ったシーンかな。
当然、大山街道を歩いている道中での出来事だと思っていたんだけど、大山街道を踏破し、大山から降りてきたときのシーンを挙げていて、印象に残ったかな。
2年半かけて、450km歩いたからこそ、大山を見上げて「もう来月から来ないのかぁ」という心情になるよね。これも、独自の方法で大山街道を踏破した和泉さんにしか感じることができないことだよね。

本当にそうだよね。
「もう来なくていいんだぁ」ではなく、「もう来ないのかぁ」と考えるあたりに、和泉さんらしさが出ているよね。活動を楽しんでいるよね。
三つ目の印象に残ったことは?

三つ目が、若い世代に伝えたいこととして、「スマホの中に君の人生はない」とおっしゃっていたことかな。
これは、人との出会いや関わりを大切にしている和泉さんだからこそ言えることだよね。また、僕自身もスマホを見ることが多く、とても考える部分があったね。
和泉さんの話を聞いて、人との関わりや出会いを大切にしたいなと思ったね。

スマホをたくさん使用するのが当たり前になっているからこそ、オフライン上での対話や関わりを大切にしていきたいね。
インタビューを踏まえて今後意識したいこと
今回、岡本和泉さんの様々な貴重経験に基づく貴重なお話をたくさん聴くことができました。
その中で、和泉さんが「好奇心」を発揮し、「楽しい」や「ワクワク」を重視しているように感じました。
収入が減少しても、地域活動を行い、和泉さんが住んでいる地域に、内外部の方を呼び込み、街の魅力を伝える。
また、大山街道を2年半かけ、合計450km歩きながら踏破し、「大山街道スケッチ紀行」を描くという活動。
これらの取り組みこそが、和泉さんの好奇心、そして、楽しいやワクワクを重視するという考え方を表しているように感じました。
そして、和泉さんは好奇心の基、立ち止まることは無く、成城の100年後を想像し、それを形に残そうとしています。
常に、「楽しい」や「ワクワク」を基に、考え、動き続け、形にし、社会に伝えていく。
私自身も、このような考えを念頭に踏まえて、様々な活動を行っていきたいと考えました。
まとめ
今回は、地域という舞台で活動する岡本和泉さんの取り組みを知り、実際にインタビューを行い、インタビューを通じて筆者が感じたことをお届けしてきました。
岡本和泉さんの活動には、お金のためだけではない様々な考えが詰まっていました。好奇心を基に、「楽しさ」や「ワクワク」を感じられる活動をしたい。そんな風に考えていると感じました。
それらの考えが、自分の住んでいる街に、外部の方が来るきっかけを創り、実際に街の魅力を伝える活動や、「大山街道スケッチ紀行」という取り組みに繋がっていると感じました。
これこそが、街の過去を知り、そして、未来に繋がっていくのではないでしょうか。
「楽しさ」や「ワクワク」を基に、まずは、自分が住んでいる地域の、魅力を見つけるところから始めたいと思います。
~取材の最後~

6時間インタビューにご協力いただきありがとうございました。
ちなみに、なぜ、カラフルな髪の毛にしているのですか?笑

他の人がしていないからかな。髪の毛カラフルだと面白くない??笑
和泉さんを表している一コマでした。
最後までご覧いただきありがとうございます。


